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2012年9月 8日 (土)

反原発行動で旧友に再会

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 昨日は金曜日、大飯原発の停止と問題のある原子力制員会の人事案撤回を求める、首相官邸前と霞が関周辺の抗議行動の日でした。

 首相官邸前での抗議行動と言われているが、実態は官邸前交差点までしか行けないのだ。

 官邸が見えない所で抗議の声を上げる。実に歯がゆいものである。

 ところが先週から規制されていない、官邸の西側の歩道で抗議行動が行われるようになった。

 憲法21条の条文1項に「集会及び言論、出版その他一切の自由は、これを保証する」となっている。

 周囲を取り囲む公安・警察官に告知し、通行人に迷惑を掛けないようにスペースを取り、集会は決行されている。

 首相官邸を目の前にした、抗議行動の場として一等地だと思った。近いうちに規制の対象地にならないか心配である。

 その集会で、43年ぶりとなるS君に会った。

 S君は我が学部の闘争委員会の書記長。ともに使途不明金や学園民主化を求めて立ち上がった同志です。

 仕事も同じ、研究室も同じでした。

 卒業研究は「高電磁波が液体に与える影響」だったと思う。

 担当教授は元東大教授で専門は内燃機関だった。燃焼効率を上げるために電磁波が役立つかがテーマだったのか。

 もう一人都庁に勤めていたI君と三人でやる事になっていた。そう、まともな大学だったなら・・・・・・。

 俺とS君は7月から全く研究室に行かなくなった。勉強する場はバリケードの中に変わったのだ。

 I君は一人で研究を続け、論文を書き上げた。卒論の表紙には三人の名前が書いてあった。

 S君は教員になるために卒業することを選び、その後も人権と教育を生涯のテーマにし、特に障碍者の教育問題に取り組んでいることは知っていた。

 俺も教員になるために通学したのだが、学費納入と引き換えの卒業証書授与を拒否した。

 意地もあったが、一度でも権力に屈服してしまうと、常に権力に対して弱い人間になっていくことを恐れたのだ。弱い人間だからこそ、心の支えにしたいとの選択でした。

 お互いの選択は違っても、今の日本で最も大きな社会問題、反原発の闘いの場で再会し、お互いを確認しあえたことは最大の喜びでした。43年前のことがつい先日のことのように・・・・。
 同窓会での再会を誓い別れた。

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