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2011年11月29日 (火)

故郷を探索

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 俺は故郷に毎年2度は戻っている。春秋のお彼岸に墓参りするためである。
 お寺の近所や街中には立ち寄ることがあっても、かつての遊び場には足を向けたことがない。
 俺がにとって生活(遊び)の場そのもだった所が、自然保全・再生の動きと歴史ブームが相まって、観光資源として売り出しているようだ。
 「お鷹の道」「真姿の池湧水群」「姿見の池」等々。
 「お鷹の道」は「真姿の池湧水群」から流れる小川に沿った道に名づけられていた。
 この地は尾張徳川家の鷹狩の場であったという。そういう言い伝えがあったのだろうが、当時はただの小道でしかなかった。
 小川は石で整備され道も舗装されて、観光スポットになっている。

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 「真姿の池湧水群」は屋敷の中にあるので知らなかった。湧水のひとつは小道にあり、俺らの水飲み場でした。
 今は水質汚染で飲めないのだろうね。
 「真姿の池」の名前の由来は伝説である。俺はこういう話に関心もないし興味も持たない。
 池があったのは知っているが、鳥居や祠の存在も記憶にない。信じる人は参拝したくなるのだろうか。

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 「姿見の池」いまは住宅地の中のオアシス的存在でした。
 半世紀前はこの一帯は、住居は少しで一面が田圃でした。
 はずれの荒れ地の中にあった小さな丸い沼、それが姿見の池でした。周りには木か竹の杭があって、縄で囲まれていた気がします。
 小魚やザリガニ採りに入りたかったが、深い沼だから入ると危ないよと脅されて諦めました。
 名前の由来は、宿場町の遊女がこの池で自分の姿を映して見たことだそうだ。
 当地には恋ヶ窪の名前の由来と一葉の松の言い伝えもある。

 <いずれもの写真も、クリックすると説明文がでます>

 当時の雑木林や田圃、畑がほとんど無くなり、見る風景が違ってきました。故郷という感じが薄くなります。
 しかし崖線の一部に自然林が残り、いまも枯れずに湧水があったことで、昔に少しタイムスリップできました。

 我が家のあった所はあまり変わっていないようです。古い街並みなので道路には軽の車しか入れません。
 日常の生活に車は必要ないのかも知れません。

 もっと遠いと思っていた所が、意外と近くにあったと感じました。
 子供目線と大人目線の違いでしょうか。「遠い所まで遊びに行った」のは、想い出の中だけだったのです。
 想い出は大きく膨らみ続け、夢は膨らんでも現実は確実に萎んでいっている。
 

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