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2011年4月28日 (木)

時間を与えて欲しい

 

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 枯れかけた身体に、新たな芽吹きは来ないものだろうか?。

 病魔に侵された義兄に会ったのが12月初旬、病状は芳しくないと聞いていた。
 その後の容態を気にしていたが、やっと見舞いに行く機会を得た。
 4ヶ月を過ぎて連絡があり、病院まで車で連れて行くことになった。

 あまりに衰弱した風貌に我が心の方が萎えそうになった。
 食べ物を見ると美味しそうに感じ食欲はあるが、食べた後が苦しいから食べられないと言う。
 僅か数口だけの状態がこの間ずーっと続いている。頬がこけ手足もか細くなってしまった。
 車の乗降に手を貸すが軽い。歩くとき肩を貸し腹に手を添える。大人の身体とは思えない。

 病院から帰ってきたら、かなり疲れた様子である。
 そんな時、テレビで元キャンディーズのスーちゃんの告別式の模様が放映されていた。
 間の悪い番組だと思っていたら、当人も家族も自然体なのです。
 隠し事されるのが嫌だといい、すべてオープンにしているそうだ。

 「人にはそれぞれ与えられた年月があるのだ」
 「スーちゃんに与えられたのは55年の人生だったのだ。それを精一杯生きたよな」
 と、人生を達観した言葉である。

 当人も残された日時が少ない事を分かっている。
 話や素振りの中で弱味を見せない。実に強くしっかりとしている。

 私が所帯を持った時から6年ほど近くに住み、世話になった義兄であり家族である。
 現役時代の私と同業他社に勤めていた義兄、業務内容も同じ部門で話が合った。
 義兄弟の中では最も気心が知れた人である。

 家族は私たちに会っておいて欲しいと思い、機会を作ってくれたのだ。
 当人もそのことを分かっていて、私とはいろんな事を話合った。
 仕事の話は同じ土俵の話題、15年以上前の仕事の話に、どうしてこんな事を覚えているのかと大笑いした。
 和んだ一時である。 

 少しでも長く妻、子供、孫たちと過ごせる時間を与えて欲しいと思う。
 無神論者もこの時はただ、祈るばかりだ。 

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