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2011年3月24日 (木)

年の経過、複雑な思い

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 先日、お彼岸で墓参りしてきました。
 いつも車で行くのですが、このご時世ゆえ電車で行きました。
 浦和、南浦和、西国分寺と三度の乗り換えで目的地に着きました。

 車窓からの眺めは何年振りでしょうか? 頭に残像として残る風景とはまるで違う眺めです。
 この違いは30余年の経過なのでしょう。

 帰りの電車で私の座っていた席の隣が空くと、そこに若い女性が座りました。
 「おじ(い)さん、南浦和はいくつ目ですか」片言の日本語で訪ねてきました。

 まだ乗ったばかり、私にもいくつ目だか分からない。
 「私も南浦和でチェンジ トレイン(トランスファーだったかな?)」と言うと、分かってくれたようだ。ベトナム人に英単語とは可笑しな話だ。

 彼女は話しかけてきた「サイタマもタイヘンね」??・・・どうやら地震の事らしい。
 「私ベトナム人、ベトナム地震ナイネ」
 「昔ベトナムはアメリカと戦争して、地震以上に大変だったでしょう」
 「?・・・?・・」
 そうか、ベトナム戦争から40数年、当事国の若い人にも分からないのか。
 ハノイ生まれでおじいさんは69歳だそうだ。私とあまり変わらないな! お父さんが生まれる前か、子供の頃の事だからね。
 おじいさんは苦労されたのだろう。複雑な思いがよぎった。

 仕事の研修で3年間の滞在、熊谷で修業しているという。
 駅に降りると重そうな荷物を二つ、思わず重い方を手にした。
 一瞬よろけそうになる。「大丈夫?」「男だよ!」いきがってみせる。
 20キロは超す重さだ。南浦和と浦和で乗り換え、階段の乗り降りはさすがに応えるがヤセ我慢だ。

 大宮で降りる私に、彼女は紙袋から缶詰を一個取り出し、「アリガト、キヲツケテネ」と差し出した。
 気持ち良くを受け取って別れた。
 缶詰は「八寶粥」という。ベトナム産かと思ったが、台湾産でした。

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 菩提寺に咲く梅の花
 「梅一輪一輪ほどの・・・・・・」
 という感じです。

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