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2010年8月15日 (日)

敗戦から65年

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 第二次世界大戦の敗戦宣言から65年の記念日です。

 埼玉県平和資料館に初めて行ってきました。テーマ展「空襲と疎開」が7月17日から9月5日まで行われていました。

 終戦前夜から15日にかけた熊谷空襲で234人もの犠牲者があったのですね。あと少しで終わっていたのに無念です。

 きょうは「戦時中の体験を聞く会」のイベントがあったのですが、間に合いませんでした。

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 我が家も都心から多摩に疎開していたため、東京大空襲から逃れられたそうです。それでも疎開地でも焼夷弾による空襲を間近に受けたり、機銃掃射を受けて茶畑に隠れた話を聞いています。

 戦争体験者が少なくなっていくので、体験を記録として後世に伝え残していく必要があるのでしょう。

 この施設があることを知ったのが、この施設に展示されている年表に対する質問で、上田知事が県議会で「古今東西、慰安婦はいても従軍慰安婦はいなかった」と答弁した後、資料館の年表から従軍の文字が消え、年表の南京大虐殺の文字を隠し、事件現場と思われる川岸に大量の死体が映った写真もテープで隠したことが報道されたことであった。

 戦争における日常生活と悲惨を伝えることで、平和を願い努力していくことが資料館の目的であったのだろうが、公の施設となると権力者の影響を受けるのは必至ですね。大切なのは戦争を行った原因がなんであったかを正しく伝えることだと思うのだが。

 過去の悪いことは忘れる(伏せる)、人間の醜い部分である。

 今年は朝鮮併合100年、昨年は琉球国を併合して130年(沖縄県と呼称=沖縄処分)、いずれも侵略・覇権の歴史である。沖縄の問題は第二次世界大戦からでなく、400年前の薩摩による侵略まで遡って考える必要があろう。

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 広くて空調の効いた立派な建物、高さ40㍍の展望台、入り口脇にあるモニュメント、なぜか都電の敷石が飾ってあった。

 先日、ひろしま忌が行われた丸木美術館は民間の施設、冷房のない建物で働く館員とボランティア、丸木夫妻が残した絵画の保存状態も心配されている。

 この矛盾こそが現実なのだ。 

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