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2009年10月30日 (金)

叔父の法事

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 東村山の正福寺、亡母の生家の菩提寺です。叔父の23回忌の法要を営んできました。

P0002  叔父には子供がいなかったので、叔母(叔父・亡母の妹)と叔父の甥、姪ら9人が参列した慎ましい法事でした。

 私たち家族は叔父には本当にお世話になり、叔父がいなかったら戦後の混乱期を生きてこれなかったのではないかと思っています。

 私が生まれる前の事、戦況が厳しく連夜の空襲が激しくなった時、都内で住んでいた私の家族は母の実家(叔父宅)近くに疎開しました。実家の祖母や叔父を頼りにした生活の始まりです。敗戦後そこで私は生まれ、すぐに国分寺に引っ越しました。

 私が小一の時に父は亡くなり、生活のため母が働くようになりましたが、弟は小学校に入るまでの二年ほど叔父の家に預けられました。可哀そうに思った私は一人電車に乗って何度も会いに出かけのも思い出のひとコマです。叔父夫婦は私が帰る時には必ず商売にしていた洋品を包んでくれました。戦死した叔父の弟の子供も引き取って育てていました。

 母と叔父は会うたびに口論をしていたのを思い出します。本当に仲が悪いのかと思っていた事がありますが、「口喧嘩するほど仲が良い」だったと思います。そうでなければ頻繁に会いにはいかないでしょう。

 借地だった家の土地が国有地として払下げの対象になった時、大枚を出してくれたのも叔父です。私たち兄弟が小中学校に入る時の制服やカバンなども買ってくれました。父亡き後の親父代わりになってくれたのです。

 墓前に立つと世話になった事ばかり浮かび、生きている間に恩返しができなかった事が悔やまれます。実家で祖母と叔父夫婦のために尽くした叔母は、いまは施設で暮らしています。今回の法事を行いたいといっていたのも叔母です。その叔母に甥姪が協力して尽くすことが大切かなと思います。

P0003 P0004  ちなみに正福寺千体地蔵堂は都内唯一の国宝建造物だそうです。P0005

 

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