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2009年10月

2009年10月31日 (土)

ハローウイン

P001  今日はハローウインです。オレンジ色のカボチャで作ったシンボル、ジャックランタンをイメージします。

P002  商魂たくましく、ハローウインを前面に打ち出したお店も登場しています。

 夜食に訪れたイタリア料理店には大きなカボチャが置かれ、壁には飾り付がされていました。カボチャの重さ当てクイズに挑戦したが外れてしまいました。37㌔と予想しましたが、正解は4○.5㌔だとか。○に入る数字は何でしょう?。

 昔から日本人はお祭り好きだと言われています。国内でも地域の祭りが多くの場所で行われ、宗教に関係なく各国のお祭りも取り込んでしまう。順応性があるというのか、節操がないというのか、見て参加して楽しく思えれば良いのかもしれません。クリスチャンではない本人もクリスマプレゼントに喜びを感じ、子供たちにもプレゼントをした思い出があります。

P003 P004   ハローウィンの雰囲気に囲まれ、スパゲティー、ピッツァに食後のコーヒーを美味しくいただきました。小さな幸せのひと時です。

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2009年10月30日 (金)

叔父の法事

P0001

 東村山の正福寺、亡母の生家の菩提寺です。叔父の23回忌の法要を営んできました。

P0002  叔父には子供がいなかったので、叔母(叔父・亡母の妹)と叔父の甥、姪ら9人が参列した慎ましい法事でした。

 私たち家族は叔父には本当にお世話になり、叔父がいなかったら戦後の混乱期を生きてこれなかったのではないかと思っています。

 私が生まれる前の事、戦況が厳しく連夜の空襲が激しくなった時、都内で住んでいた私の家族は母の実家(叔父宅)近くに疎開しました。実家の祖母や叔父を頼りにした生活の始まりです。敗戦後そこで私は生まれ、すぐに国分寺に引っ越しました。

 私が小一の時に父は亡くなり、生活のため母が働くようになりましたが、弟は小学校に入るまでの二年ほど叔父の家に預けられました。可哀そうに思った私は一人電車に乗って何度も会いに出かけのも思い出のひとコマです。叔父夫婦は私が帰る時には必ず商売にしていた洋品を包んでくれました。戦死した叔父の弟の子供も引き取って育てていました。

 母と叔父は会うたびに口論をしていたのを思い出します。本当に仲が悪いのかと思っていた事がありますが、「口喧嘩するほど仲が良い」だったと思います。そうでなければ頻繁に会いにはいかないでしょう。

 借地だった家の土地が国有地として払下げの対象になった時、大枚を出してくれたのも叔父です。私たち兄弟が小中学校に入る時の制服やカバンなども買ってくれました。父亡き後の親父代わりになってくれたのです。

 墓前に立つと世話になった事ばかり浮かび、生きている間に恩返しができなかった事が悔やまれます。実家で祖母と叔父夫婦のために尽くした叔母は、いまは施設で暮らしています。今回の法事を行いたいといっていたのも叔母です。その叔母に甥姪が協力して尽くすことが大切かなと思います。

P0003 P0004  ちなみに正福寺千体地蔵堂は都内唯一の国宝建造物だそうです。P0005

 

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2009年10月29日 (木)

枯れゆくコキア

Kokia1

 やはり遅かったか! 残念でした。晩秋の快適な気候に恵まれ向かった先は「ひたち海浜公園」でした。

Kokia2

 先々週、先週と予定をしていたコキアの観賞、時間が取れず延び延びなっていました。芝生の緑とコスモスの花に囲まれ、赤紫に色付いたコキアの群れを想像していたのに、枯れゆくコキアは別名「ほうき草」の名前の様に茶色のほうきになっていました。

Kokia3 Kokia4  枯れたコキアもそれなりの風情があります。期待していたような赤味を帯びたコキアも少し残っていました。別のエリアでコスモスの一群が咲いていましたが。

Kaihin1 Kaihin2  2時間ほどの「ひたち海浜公園」の散策は自転車を借りてサイクリングです。一方通行の自転車専用道路は空いていて快適です。赤松など常緑樹木が多い中で色づいた葉は目立ちます。

 穏やかな天候に恵まれのが幸いです。楽しみはまたの機会に残しておきます。

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2009年10月27日 (火)

ススメバチの巣に遭遇

 台風一過の清々しい朝を迎えました。青空とすっかり白くなった富士山を背に茨城に出か けました。

 きょうは入院中の医師と医療相談人から紹介された病院を訪問しました。病室や施設を見学、担当者から話を伺い、本人に良い環境なのかを調べてきました。

Uenonuma_3

Tukuba

 周囲は大変良い環境です。隣接して大きな沼があり、きょうの様に晴れた日は美しい眺めです。また、筑波山も沼越しに眺めることができます。しかし、この景色を見ることは難しいでしょう。そう思うと気が重くなります。

Katori1

 近くの鎮守の森に足を入れました。石碑には村社香取神社と書かれていました。すっかり荒れ果てた社です。拝殿の正面は壁も扉もなく開放されています。無断で寝泊まり禁止の張り紙があるのも頷けます。

Katori3_2 Katori4_2 Katori2 Katori5   隣接された稲荷神社の社を見てビックリ! 天井に大きなスズメバチの巣がありました。横の本殿を見ているとこちらの軒下にも巣がありました。写真を取る手も震え気味です。連れ合いは早々と退散しました。ハチの姿が見えなかったような気がします。活動時期を過ぎているかも知れません。運よく刺されずに済みました。

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2009年10月26日 (月)

雨の常泉寺

Jyousenji1  急に寒くなったように感じます。鼻水グシュ……長袖シャツを身につけ、昨晩は暖房のお世話になりました。今日は朝から雨模様、台風の影響なのか時おり強く降り、気温も上がりません。

 PC勉強会場に予定より早めに着いたので、近くの常泉寺に寄ってみました。車を止めたのはお寺の裏側で、住宅の間を通り抜け参道に回りました。

Jyousenji3_2 Jyousenji2_2 Jyousenji4_2 Jyousenji5_2  民家に挟まれ生垣によって仕切られた狭い参道は、雨に濡れて落ち着きが感じられます。入り口の六地蔵は建立されて間もないものでした。

 鐘楼にはかなり立派な大きさの梵鐘が吊るされています。奥の本堂は質素な佇まいながら、周囲の石や樹木の配置がきれいですね。

 参道を挟んだ鐘楼の反対側には「広島・長崎の火」のモニュメントがありました。広島と長崎の被爆地で採火された火を合火し、永遠に灯し続けることで、核兵器と戦争をなくす被爆者と日本国民の願いを語り広げるために建立されました。毎年この地で「広島・長崎の火」を囲む集いが開かれているそうです。

 寺の裏山には多くの石やお地蔵さんが見受けられました。狭い道と強い雨のため断念しましたが、なにか曰くがありそうな気がして、次回にでも訪れて見たいです。

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2009年10月24日 (土)

初走行の圏央道で相模湖へ

Kawajima  圏央道を初めて走行した。川島ICから八王子JCT経由で相模湖まで行ってきた。

 関越道と交差する鶴ケ島JCTまでは走っている車はわずかだ。その先も八王子JCTまでの部分開通なので通行量は少なかった。相模湖まで35分ほど、実に早く行けるようになりましたた。青梅やあきる野方面もICができて便利になったようだ。Gouryu

 それにしても都市近郊にしてはトンネルの多い道路である。鶴ケ島から八王子JCTまでに7個ほどあったようだ。この先は自然環境を破壊すると問題になっている高尾山を通るのですね。

 相模湖へは高校、大学と同級だったM君宅を訪問するためです。彼とは昨年の4月に大学の悪友5人と会って以来の再会である。今回の訪問の目的は彼と会うことではなく、彼の母親との再会である。

 高校時代の遊び仲間の中心に彼はいたので、それから7、8年にわたり彼の家には何度も訪れている。その際には彼の両親がつねに暖かく迎えてくれた。我々も気取らない両親のすっかり甘えて、気兼ねなく訪れていた。親父さん、お袋さんの言葉が似合う人でした。

 親父さんは3年前に亡くなり、会うことは叶わなかった。お袋さんは90歳にして今なお家族の食事作りを担っているそうだ。姿勢、肌つやも10歳以上若く見えて結構なことである。お孫さんたちと海外旅行に行くなど、若く見えるだけでなく若いのだ。

 40数年ぶりの再会にも関わらず、直ぐにお互いが分かり、あの時代にタイムスリップした気持ちになった。当時の私たちの友人の名前をみんな覚えていて、お袋さんと言うより、私たちの仲間のように会話は弾んだ。ほんとうに楽しいひと時でした。

Sagamiko1 Sagamiko3 Sagamiko4  相模湖は東京オリンピックのカヌー競技の会場となった所です。観光地としても賑わっていました。いまも湖上を遊覧するボートやスワンボートがあるが、かつての賑わいはなくなっていました。町も老齢化と過疎化が進んでいるそうです。

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2009年10月22日 (木)

1円硬貨は小さな抵抗の賜物?

1yenkouka  小さな抵抗の賜物? です。

 子供たちの戸棚から出てきた缶の中に入っていた1円硬貨です。

 税率3%の消費税が導入されたのは89年4月でしたから、もう20年前になりますね。

 3%だと10円刻みの価格にも1円単位の支払いになり、釣銭に1円硬貨が多くなります。 冗談半分に「国民の多くが1円硬貨を貯めたら国は困るだろうね。1円硬貨の製造コストは2円近いはずだよ」と家族で話していました。

 中学生だった上の子は消費税に反発し、小学生の下の子は面白半分で親の財布の1円玉をもらいにきました。どの位続いたのでしょうか? 缶の中はいずれもいっぱいになっていました。

 さて、何枚あるのだろう? 100枚数えてウンザリ、全部を数えるのは大変です。重さで計れないだろうかと、料理用の秤を持ってきました。

 100枚を載せるとちょうど100㌘です! ネットで調べると1円硬貨は1㌘と分かり納得しました。Hakari

 300㌘になるようにして計ること8回と250㌘、合計2,650円です。若干の誤差はあると思います。

 さて、どう処理したら良いのか? 賜物どころか厄介ものになりました。

 買い物で使える同一硬貨の枚数は20枚までの規定があります。相手が良いと言えば別ですが。また、ATMに投入できる硬貨の枚数は50枚だそうです。

 銀行の窓口へ持っていくしかないようです。あまり格好良いものじゃないですね。 

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2009年10月21日 (水)

心を癒す植物園

 心身とも疲れた一週間でした。連れ合いの心労は計り知れないものだ。

 義弟の入院は4カ月近くになるが、筋力低下で飲食と発声ができない寝たきりの生活が続いている。なにより意思の疎通がままならないのが大変だ。筆談の文字も力が入らず判読に苦労する。相手も苛立っているのだろう。そう思うと出来るだけ理解しようと努めるが心身が疲れる。

 担当医師と医療相談員を交えた今後の話も暗いものばかりだった。

 介護申請、障がい者手帳交付の申請依頼の手続きをしてきた。

 帰りは気分晴らしに茨城県植物園に寄ってきた。P001 P002

 しかし、この時期は紅葉にはまだ早く、入園者は数えるくらいだ。バラが満開で今週末にバラ展が開かれるようだ。規模は伊奈のバラ園とは比較にならないほど小さかった。Baraen_2

Hebiuri Hebiuri1 Banana  熱帯植物園で珍しい「ヘビウリ」が見ごろだと言われました。ほんとうにヘビがぶら下がっているようで、連れ合いは柔らかい感触に、声を上げ思わず手を引いてしまった。

Papaiya Pain Adan  バナナの花と実やパパイヤ、パイナップル、アダンの実なども見られました。ランをはじめ原色のきれいな花が咲き誇っていました。Ran

 植物園は花の多い春が良さそうだ。ほとんどの草木に名札が付けられている。花にちなんだ万葉集の歌が書かれたりしている。花を愛でながら………

 こんなひと時で心が癒されれば良いのだが。

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2009年10月15日 (木)

奥久慈にて

奥久慈にて
昨日から奥久慈に来ています。
袋田の滝、紅葉狩りなら良いのですが、ごみ屋敷の清掃作業、悪臭と筋肉痛に見舞われ、いま温泉に浸かり一休みしています。
明日もひと踏ん張り、無事に帰れますように。

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2009年10月11日 (日)

多数の美女と会い、連れてきました

 月一回の定例会議で新宿に出かけました。

 先月、美女たちを横目にしながら帰ってきてしまい、気にかけていました。

 きょうは一ヶ月振りの再会を楽しみに都庁前の都民広場を訪れました。

 一組のカップルと7人の美女に会い、この場に連れてきました。

P50011_2 P50012_2

「アダムとエヴァ」

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「エピダウロス・追想」

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「Mari」

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「早 蕨」

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「犬の唄」

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「天にきく」

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「はばたき」

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「嵐の中」

 いずれ劣らぬ美しい姿、また会いにいきたくなります。これって恋……

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2009年10月10日 (土)

心身の疲れを癒す金木犀の香り

P101_2  夜の帰宅、心身の疲れからで運転席でしばらくうずくまる。ため息をついて車を下りると芳香が漂ってきた。

 私にとって秋を意識させる花の香り、金木犀の花が咲き始めたのだ。上を向いて深い呼吸して思い切り香りを吸い込む、ひととき疲れを忘れさせてくれた。

 昨日は台風一過の良い天気でしたが、台風による被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。自然の脅威を改めて思い知らされました。

 いつものように病院への道、連れ合いが「いくらか木々が色づいたように感じますね」。 そう言われて眺める山や森林の樹木、心なしかそんな気がしてきました。

 道路の法面のススキに新たにセイダカアワダチソウの黄色い花が加わった。窓を少し開けて流れ込む空気が爽やかだった。

 その後、民事訴訟を起こされた人の相談にのってきました。境界を巡り申し立てを起こされたのだ。世の中にはひとの好意を逆手にとり、理不尽な要求を突き付ける人がいるのに驚きました。

P102  10世帯とせまい村落の中で嫌がらせや悪態をつき、それに怒ってチョット手を出すと、待ってたとばかり訴訟を起こし慰謝料を取る、そんな事例が最近2件も続いたそうだ。今回の件以外にも境界を巡る訴訟が2件あり、こちらはいずれも敗訴したそうだ。当然のことだが。

 みんな呆れて相手にしないそうだが、訴訟を起こされては対応せざろう得ないのが実状だ。

 訴状を見て原告の主張の誤りと、こちらが主張する事実関係をまとめた。裁判では相手の挑発に感情的になって乗らないように話してきた。事実かもしれないが証明できない事を言うと、名誉棄損などで訴える事を原告は考えているかも知れないのだ。

 40年ほど前に嫁いできた女性(原告)が、亡夫の家族を家に寄せ付けず、村落の住民との付き合いもしない、いや揉め事を探し且つ起こし、裁判に明け暮れる生活を送っていることに驚きとともに興味を感じた。ちなみに原告の亡夫は被告の従弟、分家と本家の関係だ。夫が亡くなった今は親戚ではないと言っていた。

 「人生」って……何だろう。人それぞれの生き方がある。彼女の生き方もありなのだろうか。役所にいって調査し、弁護士に相談し、訴訟については相当勉強しているはずだ。そういったことをする事が生きがいなのかも知れない。それだけの努力を別の方に生かせないものだろうかと思うのだが。

 原告がどう生きるかは勝手だが、村落で暮らしている人の平穏な生活と、人々の心だけは傷つけないで欲しいと思う。

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2009年10月 6日 (火)

魔女の一撃

 昨日は寝たきりの生活を強いられてしまった。

 急性腰痛症(ぎっくり腰=魔女の一撃)になってしまった。食事とトイレ以外は布団に寝たままの一日でした。

 金曜日から腰に違和感と軽い痛みがあったが、車の運転による疲れと自己判断し、風呂で温めマッサージをしてしまったのが裏目に出てしまった。

 昨日よりいくらか楽になったので車で医者にいってきた。座ったり、立ったりする時に激痛が走るので、車の乗り降りが辛かった。

 医者は27年前にヘルニアの手術をしてもらい、その後も少し具合が悪いと見てもらっている。

 今回は普通のぎっくり腰と違って、疲れからきた筋肉の軽い炎症を悪化させていしまったもので、すぐに直るでしょうと言われ安心しました。

 痛み止めの注射をうってもらい、夕方には痛みがなくなり通常の生活に戻れた。昨日の痛みが嘘のようだ。

 古い傷を抱えているだけに、無理をしてはいけない年齢だと痛感しました。

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2009年10月 4日 (日)

映画「カムイ外伝」を観賞

 息子夫婦とお昼御飯を一緒に外食する事にして、息子夫婦は買い物に出かけた。

 私は時間つぶしに映画を見ることにした。気になっていた「カムイ外伝」だ。

Photo  「カムイ伝」は私の周りで人気のあった漫画であった。江戸時代の身分差別、階級社会のなかで、人間としての誇りと自由求めてそれぞれの生き様が描かれていたように思う。あまり漫画が好きでなかったので夢中にはなれなかったが、置かれていた本を読み記憶に残るものだった。

 「カムイ外伝」は読んだ記憶はない。記憶に残る「カムイ」の言葉に惹かれての観賞だった。

 カムイは身分差別から抜けるために忍びとなるが、忍びの世界は厳しい世界だ。忍びを抜けた者(抜忍)は死を意味する。

 抜忍を追っていたカムイは自由を求めて抜忍となる。それからは生きるために追忍との戦いの生活を送る物語だ。

 正直言って忍者の動きは漫画の世界だ。現実とかけ離れたCGを駆使したアクション、残酷な場面は楽しく観ていられなかった。

 カムイ外伝は漫画を映画化したものなのだ。それを忘れていた自分が間違っていた。

 頭の中がすっきりしないが、いろんな格闘場面、役者の心の動きが印象に残っている。崔洋一監督にやられた感じだ。

 頭を整理するには漫画とはいえ原作を読むことなのでしょう。 

 昼食後、息子夫婦は帰って行った。今月末に息子一人で来るという。早くもスキーに行くのだと言う。軽井沢のスキー場がオープンするらしい。冬の季節が間近に感じてしまう。 

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2009年10月 3日 (土)

長男夫婦が帰省

Kome_3

 長男の伴侶の実家から米と野菜をお土産に頂いた。長男夫婦が車で持ってきてくれたのだ。お米は正真正銘の秋田産「秋田こまち」で、先週に収穫した新米です。30㌔の量は消費に2か月以上かかるでしょうね。サトイモ、ナス、リンゴも量が多すぎて、こちらは近くに住む親類におすそ分けした。Yasai

 息子夫婦は深夜0時過ぎにやってきた。五時間半かけて秋田から車で来たのだ。0時過ぎの到着は高速道路の土曜・休日割引制度を利用するため、インター出口料金所を土曜日になる午前0時過ぎに出たからだ。 最高9700円、色々な割引があるが1000円は安いですね。

 帰省目的は結婚式一周年記念、式を挙げたレストランで二人のディナーを楽しむそうだ。そのためにわざわざ来るとは、私には考えも及ばない事です。仲良く健康で暮らしてくれるのが親にとって嬉しいことだ。

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2009年10月 2日 (金)

笠間PA、石材と陶器の街

P001

 北関東自動車道・笠間パーキングエリア、ひと際目立つのが笠間焼のオブジェ、大きな花瓶? がそびえ立っている。高さは18㍍あるそうです。

 この地は笠間焼の陶器で有名な所です。全国的には近くの益子焼(栃木県)の方が有名なのでしょうが、笠間焼は工芸陶器の分野で実績をあげています。

 また、笠間市近郊は石材産地として長い歴史を持ち、産出量も日本有数の地だそうです。街道筋には石材店が多く見受けられます。

P003_3  大きな丸い石と石の彫刻も飾ってあります。道路の建設工事中に出てきた卵形の自然石(花崗岩)に、雲の形をした彫刻をあしらい「大地のたまご」と名付けられています。 直径は約2.7㍍、重さが28トンもあるのには驚きました。

P002_2 P004 P005 P006  また、石の上に動物の彫刻も飾られています。こちらは御影石の上にタカのように見える鳥、ウサギ、親子のイノシシでしょうか。 地元産出の3種類の御影石は道をあらわし、小動物が命を表現しているそうで、「石の道からの物語」と名付けられていました。

 北関東自動車道は全線開通が昨年末の事、パーキングエリアは壬生と笠間の2か所にあり、ともに上下線共用のPAです。トイレと自動販売機だけが置かれた簡易PAといった感じです。

 新しいからきれいなのは当然だが、トイレは洗浄式、乳幼児連れや障がい者用には広く作られています。空いている(交通量が少ない)のでゆっくりと休憩できて良いですね。ちなみに壬生PAは拡張工事が行われています。 

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2009年10月 1日 (木)

やっと咲いた!月下美人

P101  帰宅すると、庭先の月下美人の蕾が膨らみ始めていた。

 急いで家の中に取り込み観察を始めることにした。

 開花の様子を撮影しようとカメラを三脚にセットした。撮影間隔は10分に決め、時計のアラームをセットし、3時間取り続けたJIF画像です。

Gekkabijin_2

 月下美人は一昨年の秋に友人より頂いたシュートを挿し木をして育てたものです。7月に蕾を三個つけたのに、ちょっと触れたら落ちてしまいがっかり、今年はあきらめていました。

 ところが9月中ごろに一つ蕾をつけたので、こんどは大事に見守ってきました。段々と大きくなる蕾、咲くのは明日以降と予想していた。帰宅がギリギリ開花に間に合って良かった。

 ひと夜限りの花の命、急きょ原稿差し替えの一報です。

 

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