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2009年9月

2009年9月29日 (火)

村の鎮守、筑波神社

P209  筑波神社というと筑波山にある神社の事と思われますよね。あちらは筑波山神社です。

 那珂市の飯田にある調整池らしい所で一休み、池の周囲を歩いていたところ北のはずれに森があり、鳥居が建っていました。

P204 P205  筑波神社の石碑があったので、もしや筑波山神社に縁のある神社ではと、興味津々参道を社殿に向かいましたが、由緒書を読むと関係がないようです。

 口碑によるものとして、1321~3年に紀州・熊野本宮より分霊された事になっている。

 かつての飯田村の鎮守として熊野権現を奉祀していたが、1844年に水戸藩主が唯一神道を称した時、社号を改め筑波神社とし神官を置いて祭祀すようになったそうだ。

 社殿は春日造りで1708年の再建、御祭神は伊弉諾命(イザナギノミコト)、伊弉冉命(イザナミノミコト)で、これは筑波山神社と同じです。

P206 P207 P208  狛犬は14年前の作と新しく、右の阿形は左足で球を抑え、左の吽形は鋭い牙を持ち右足の下に子供の狛犬?が。私にとっては珍しいものです。

 近くに子ガエル五匹を背中に乗せたカエルが鎮座しています。筑波のガマガエルに因んだものかと思ってしまいます。

P303 P301 P302  池の周りの雑草の中に「吾亦紅」を見つけました。自然の中で生育している姿を見るのは初めてです。花(萼)の穂先にアキアカネが一休み、ススキの穂が風になびき、秋本番を迎えました。

 

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2009年9月28日 (月)

東大訪問と本郷のお祭り

P503 P504  午後から予定されている同窓会の会場は本郷3丁目の某ホテル。

 同窓会の前に昨年、40年ぶりに訪れた東大本郷キャンパスを再び訪問しました。

 前回は思いを込めて正門から入りましたが、きょうは東大の象徴的な門、赤門から入りました。加賀藩主前田家上屋敷の門だったそうで、重厚な佇まいである。国の重要文化財に指定されているとか(写真は左は構内から、右は正面の左側)

P501 P5021  まず、三四郎池に行きました。 夏目漱石の小説「三四郎」の舞台となったことから「三四郎池」と呼ばれているが、正式名称が「育徳園心字池」とは初めて知りました。

 池は鬱蒼とした樹木に囲まれた谷間にあるため、構内の歩道からは見えません。池に行く道は数か所ありますが、いずれも坂道です。湧水が少ないためか濁っていました。スケッチをする人が数人いました。ほんとうに静かで心が落ち着く空間です。

P505

 東大の建造物は重厚な感じのものが多いです。中でも気にいったのが法文2号館のアーチ型通路です。ゴシック建築の影響を受けた、円形ヴォールトと呼ばれる天井様式です。写真は同じ様式の文学部3号館から眺めた法文2号館です。

 東大に別れを告げ本郷3丁目交差点に着くと、お祭りのようです。一角に屋台が出ていました。その前に提灯のついた大きな鳥居、本郷薬師と書かれた額が付いています。

P507 P5062  お祭りは本郷薬師堂の裏にある櫻木神社の祭礼でした。

 春日通りに町会名が書かれた提灯をつけた竿が3本が掲げられ、ちょうど神輿が担ぎ出される時でした。神社には11個の町会の提灯が下がっていましたので、神輿の数も多いのでしょうね。

P508 P509  都会の真中で、子供たちが屋台に集まり、ワタアメや金魚すくいに興じる風景、懐かしさもあり、微笑ましく感じました。

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2009年9月25日 (金)

行田のホテイアオイ

P1001  ホテイアオイが満開!の報に行田の水城公園に行ってきた。

 水城公園は何度も訪れた事があるが、この時期は初めてです。ホテイアオイがあることも知らなかった。

 車で30分ほどで着いたが、駐車場は満車の状態でした。運良く帰る車があり駐車することができた。

 池をめぐるがホテイアオイが見えない。どこにあるのか探して池を半周、何のことはない公園の中を突き抜ける道路の反対側にその姿を見つけた。P1002_2 P1003_2 P1004_2

 ホテイアオイの生息は池の中、水の中だろうが、池の水が見えないほど埋め尽くされている。初めての光景だ。池の魚はしばらく太陽が見えないのでは?

 隙間なく咲いている薄紫の花、可憐で美しかった。今が満開、ここ数日が見頃だろう。

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2009年9月24日 (木)

県民の森・茨城

P501

 那珂市にある茨城県植物園に行ったら、残念なことにお休みでした。月曜日が定休日だが、連休のために連休明けが休みになったようだ。

 隣接する「県民の森」に行ってみた。こちらは年中無休のようで入場は無料です。中にある施設「森のカルチャーセンター」は植物園と同様に休みでした。

 県民の森は1968年に開設された自然公園。3つの散歩コースがあり、それぞれ40~50分程度、軽い起伏なので散策を楽しむにはうってつけの場所だ。

 散歩コース以外にも細い道があり、好奇心のある人は歩いてみるのも楽しいかも。

P502

 自然林はアカマツ、コナラ、カシの樹木が多く見受けられました。説明書によれば360種類の樹木や山野草が自生し、70種の野鳥を見ることができるそうです。

Gamazumi Gonzui Kusagi Umemodoki  秋の気配を感じるように「ガマズミ」「ゴンズイ」「クサギ」「ウメモドキ」が赤い実や花をつけていました。

Kinmokusei Kuri Kurisyukaku  どこからとなく秋の香りが漂ってきます。早くも「金木犀」が咲き芳香を放っていました。

 山栗の実も熟し、少年期に戻った気分で栗拾いにひと時を興じました。

 今回は一コースを寄り道しながら一時間半掛けて散策しました。時間があれば残りのコースも歩いてみたいですね。

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2009年9月18日 (金)

エンゼルトランペット

Enzel  エンゼル・トランペットが芳香を放ちながら咲いています。

Enzel2  庭に出ると甘い香りが身体を包んでくれます。

 花、葉、茎、根全てに毒があるので、触った後は手洗いが必要ということです。それにしても葉は虫食いだらけ、虫には影響のない毒なのでしょうか。

 例年、6月と9月上旬、11月と3度も花を咲かせ楽しませてくれますが、今年の咲き方は何時もと違います。

 今年も6月に最初の花が咲きましたが、何時もは咲かない7月中旬から8月にも少しずつ咲いては散り、咲いては散りの繰り返しでした。天候の所為なのか、育て方の所為なのか?

 今咲いているのは鉢植えの方で、地植えの方は蕾が沢山付いていて、一週間後には咲きそうです。涼しい陽気を考えると、これが最後の花かも知れません。

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2009年9月17日 (木)

自然乾燥米

P201  私の住む町の稲作は時期が遅いようだが、あちこちで稲刈り作業が見受けられるようになりました。一層秋らしさを感じる風景です。

 常磐道・那珂ICを下りて田園地帯を走行中、今は珍しくなった稲の”はせがけ”を見ることができました。

 稲刈りした後、稲藁をはせに掛けて自然乾燥させる方法です。

 こうすると稲の茎に残った養分がみんな米に集まり美味しくなると言われています。

 根元を上にして干しますが、根元にビニール等を掛けておくと、雨や夜露などで乾燥が遅れるのを防げるそうです。

P202_2

 昨今の稲刈り風景と言えば、コンバインを使い稲刈りから脱穀、袋詰めまで一連の作業が当然のようになっています。

 手間暇かけて作られるお米、きっと美味しいのでしょうね。

P203  帰りの北関東自動車道、目の前が煙に包まれて幻想的な風景です。稲刈り後の藁を燃やした煙でした。

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2009年9月15日 (火)

早い彼岸花の開花

P001  公園の木の根元にまとまって咲く彼岸花。別名、曼珠沙華。

 今年は開花が心なしか早い気がします。冷夏と9月に入ってからの涼しさの所為でしょうか。

 暑さの苦手な私にとっては比較的過ごし易かった夏でした。そして残暑のない昨今もいいですね。

 他の生物にとってはどうなのかな?

P003 P002  赤い花に身を置く緑の昆虫。サトクダマキモドキらしいです。

 存在を誇示しているのかな? 身を隠しているつもりなのかな?

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2009年9月14日 (月)

高層ビルのオアシス

Sumitomo  新宿西口の地下広場を都庁方面にしばらく歩いていくと、目の前に高層ビルと青空が広がってきた。

 右手に黒っぽい新宿三井ビル、白銀の新宿住友ビルと続きます。

Tamacyan

 「玉ちゃん」は住友ビルの広場にいました。江戸を開き江戸城を造った、太田道灌の命を救った猫と言われています。玉ちゃんは手に玉を持っています。

 人にいのちあれば ねこにもいのちあり

 江戸の里をひらきし太田道灌

 この地の北で いくさに敗れ

 あわや いのちを 失わん時

 一匹のねこあらわれ 逃げ道をあんない

 いのちをちりとめ 江戸を開いた

 なれど このかくれた江戸の恩ねこも

 ねこなるゆえに 名ものこらぬはふびん

 江戸のいゝたま 玉ちゃんと名づけ

 のちのちまでの江戸のまもりとす

        つくりびと   流 政之

        ねこの生れ  文明狂年

 なかなかおもしろい作り話です。

 その先を行くと道は公園通りに突き当り、先は新宿中央公園になります。

Taaki  公園に入ると一斉にミンミン蝉の泣き声に包まれます。目の前は新宿ナイアガラの滝と水の広場です。一番広い所です。

 公園開園から41年が経ちました。開園したころに何度か行きましたが、樹木も小さく先まで見通せるようでした。今はすっかり森林の様を呈しています。

Yuuhodou_2 Kodomohiroba_3 Dokusyo  元気な声が子供用広場から聞こえてきます。木陰のベンチでは読書をする人あり。

Washinton

 西新宿は高層ビルが立ち並ぶコンクリートジャングルですが、街路樹が多く植えられているのと、この公園緑地があるため、柔らかい感じがします。樹木越しに眺める高層ビルは風情があり、心が落ち着きます。公園と緑は高層ビルのオアシスです。

Jyuunisou_2

 公園の南側には十二社通り、かつて道を挟んで十二社温泉がありました。黒茶色した温泉だったと記憶しています。今では全てビルが立ち並び、なくなってしまったのかと思いましたが、ビルの一角に温泉の看板を見つけることができました。懐かしい思いでした。

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2009年9月13日 (日)

都庁ビルに初登頂

P001_2   西新宿の都庁辺りを歩きました。

P003

 丹下健三の設計で2本の聖堂のような塔が建ち、前は広場になっています。広場は都議会議事堂のある半円形のビルに囲まれています。

 東京都庁ビルが建ってから18年だそうです。もっと前に建っていたように思っていました。守衛さんに「経ってから30年位経ちますかね」と聞いた自分が恥ずかしかったです。

P002

 新宿中央公園から見た都庁ビルです。

 展望台の立て札があったので、行ってみると登る事ができました。

 展望台は南北の建物にそれぞれありますが、埼玉方面が見えればと北の方にしました。どちらでも建物の部分以外を除いて330度前後の視界はあります。

 日曜日に関わらず空いています。簡単な手荷物検査をされましたが、エレベーターは一人で貸し切りでした。

 45階の展望室までわずか55秒という速さです。途中で耳がおかしくなり耳抜きを2回も行いました。

 北の展望室からの眺めです。左は西の方面、かすかに奥多摩や秩父の山々が見えましたが、ガラス越しの写真では分かりませんね。透きとおった冬の晴天時はきっと良い眺めでしょう。P004 P005 P006

 中の写真は真下の新宿中央公園の緑です。摩天楼の中のオアシスといった感じです。

 右の写真は南東方面、緑がある所が新宿御苑、その先は赤坂や霞が関です。

 夜も開放しているとのこと、夜景を見る穴場かも知れません。

P007

 ちょうど目の前に飛行船が飛んできました。同じ目線に飛行物体があるのって不思議な感じでした。 

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2009年9月12日 (土)

逝った友を囲む展覧会

Photo2  きょう一通の案内状が届いた。P0003  6年前に亡くなった友のパートナーからのものである。

 案内状には彼と仕事を通じて交流のあった人の呼び掛け文が載っている。

 要旨は「彼が亡くなって7年の節目の年に、彼のまとまった建築の仕事を見たいと言う思いと、彼と交流のあった美術家を集めた展覧会を開くことによって、彼への理解を一層深めたい」というものでした。

 彼は勇敢で不屈な闘士であった。また人一倍の優しさを持っていた。それ故に先輩、後輩を問わず信頼を得ていた。いつの間にかリーダー的な存在となっていた。

 自分の言葉で徹底した議論をしよう。決定した事についても自己の意志によって行動せよ、納得しなければ参加するなが口癖だった。ただし、決定したことに敵対する行動には厳しかった。

 彼が新宿に建築事務所を開いていた。何度も事務所に遊びに来てと言われながら、ついに行く機会を失してしまった。

 今回、一人を除いて私の知らない人が作品を出展する。名前を検索してみると、それぞれの分野で活躍している人ばかりだ。彼と交流のあった美術家の作品もさることながら、彼の仕事を振り帰って見たいといっている、その業績をぜひこの目で確認したですね。

 事務所を訪れなかった悔いを、この機会に晴らしたと思います。

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2009年9月11日 (金)

30年前の友と会う

Yuyake Tombo  朝夕の涼しさは本当に過ごし易くなってきた。

 日暮れ時、茜色に染まった西の空はもう秋の風情だ。

 久しぶりに同じ会社に勤めていた友人A君とW君に会った。

 入社した時から10年ほど同じ職場にいた人だ。若かったし生意気盛り、職場では反逆者さながらの振る舞いだったのでは。

 W氏がことし定年を迎えた。私とA君が発起人となり7月に「ご苦労さん会」を行ったが、私は急な事情で出席できなかった。7人ほどが集まり楽しいひと時であったと報告を受けていた。

 参加できなかった私を気遣い、A君がきょうの日を設定してくれたのだ。

 W君は私らと違い、しっかりとした生活設計をしている。これから何処に住み、何をしていきたいか、など話をしてくれた。計画通りいくようにエールをおくった。

 話題は民主党政権発足から、経済や格差など”真面目っぽい話”が長く続いた。ここまでは昔と変わらない。

 最後は、家族や健康の話で落ち着く。還暦を過ぎるとこうなるのか。 

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2009年9月 9日 (水)

常陸の国・佐竹寺を訪れて

Photo

 7月から事情によって毎週のように常陸の国(茨城)に出かけています。時間に余裕があれば近くを散策がてらに寄るようにしています。連れ合いの出身地というのも興味の一つです。

 今回は徳川家幕府が成立する前に、この地を治めていた佐竹家に縁のある佐竹寺を訪れました。佐竹家は関ヶ原の戦いに中立の立場を取ったため、家康により出羽の国(現。秋田)に移封されました。この寺もそのために衰退したそうです。

 お寺は建立から千年を超すもので、本堂は再建後460年以上の歴史を感じさせるものです。山門(仁王門)再建後70年目ですが、仁王像は300年前に作られたものです。唐破風の正面の屋根には佐竹家の家紋、「扇に丸」が飾られていました。

 常陸といえば水戸黄門が有名です。徳川御三家の一つ、水戸藩の二代目藩主である徳川光圀公です。

 光圀は大日本史の編纂作業に力を入れ、その実績が評価されています。また、名君として評されて庶民の間でも知名度と人気の高い人物だったようです。

 テレビでおなじみの「水戸黄門漫遊記」は講談師によって作られたフィクションですが、いまなお人気があるのも、そんな人柄が理由の一つなのでしょう。

 ただ気になる噂を聞き、ある事件を調べたい衝動にかられました。

 事件とは約400年前、徳川幕府が成立した頃に、連れ合いの出身の村民が全員虐殺されたというものです。い文字をクリックしていただければ、この事件を調べた人のWEBが開きます。ただし、これは私がネットで調べたうちの一つで、事実かどうかの判断はできていません。真偽の判断は各自でお願いします。

 この地で生まれ育った義姉に伺ったところ、そういう噂話は知っていますと言っていました。その事実を期した記録は残っていませんが、400年も延々と口伝えで伝えられているのです。そして事件の場所はいま、地獄沢の名がついて実存しています。

 光圀公が大日本史を編纂するため、「助さん」なる人物「佐々木助三郎」らを全国に派遣して史料蒐集したのでしょうが、自らの藩で起きた(起こした)事件、都合の悪い事は記録として残していないのはないでしょうか。

 日本で最初に記されたと言われる「日本書記」や「古事記」をはじめ、残された史料は当時を知る上でそれなりの価値はあるのでしょうが、必ずしも正しいものとは言えないでしょう。書いた人、書かせた人に都合の悪いことは記録せず、良いように改編されているものと思わずにいられません。それを裏返す史料が見つかなければ、書いた者勝ちになるのが歴史なのでしょう。 

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2009年9月 8日 (火)

久しぶりの実家

P301  御無沙汰していました。

 久しぶりのブログアップ、久しぶりの実家に帰った話です。

 母の四十九日法要以来ですから40日ぶりです。

 実家は玉川上水に近く、五日市街道を挟んだ反対側にあり、緑が多く環境の良い所だと思います。

 きょうは不動産名義変更の書類作りです。法廷相続人全員の印鑑証明に戸籍謄本そして印鑑押印が必要なのです。相続人が多かったり、遠い人がいたりすると大変ですが、私が一番遠いのですから、まあまあですね。

 相続で揉めるとややこしくなりますが、姉が相続ということで問題なくまとまり一安心です。

 私にとっては気になるのが書類作りより庭の手入れです。わずか10数坪の庭ですが、一回りも年上の姉にとっては庭の手入れは大変な様子、四季毎に一度は手入れをしています。ここ10数年前から私の役目になっています。

P402 P403  前回は、たしか梅雨入り前でした。庭木の剪定、竹の掘り起こし除去、除草とかなり頑張ってやって置いたので、思っていたほど荒れた庭になっていなくて助かりました。3時間ほどで様になりました。

 姉は庭は手入れが大変だからいらないと言いますが、花が咲けば綺麗だと言い、紫蘇やミョウガが取れたと喜んでいます。

 私も実家に行った時に庭がきれいになっていれば気持ち良いので、体力がある内は私の役目と肝に命じて置きます。

 

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