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2009年3月 8日 (日)

歌舞伎町の今昔

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定例会合の前に新宿・歌舞伎町を歩いてきました。
 コマ劇場の閉鎖はニュースでは聞いていたとは言え、実際に目にすると感無量です。P02
 
東口駅前の賑わいに比べ人出の少なさには淋しさを感じます。
 
近くにはアイススケート場、ボーリング場、歌声喫茶などもあり高校時代からの青春そのものでした。P03
 
当時は渋谷、新宿、池袋を三大歓楽街(銀座は別格)と言っていました。渋谷は品性と高貴さを感じて近寄りがたく、池袋はサラリーマン向き、新宿は学生、若者の街あるいは庶民の街といった趣だったでしょうか。また、文化の発祥基地でもあったと思います。P04
 
きょうは歌舞伎交番から区役所通りへ抜け、裏道を通って花園神社へ行ってみました。性風俗のメッカといった感じですね。昼間から若者が客引きやたむろしています。この状況は日本の未来にとって吉なのか凶なのか?P05
 
昔も決して行儀の良い街ではありませんでした。歌舞伎町の裏通りは怖い街の印象もありました。夜は決して一人歩きはできませんでした。なぜか、夢みたいなものがあったように思います。花園神社の一角に芸能浅間神社があり、多くの芸能人の名前が書かれた札が掛かっていました。当時ファンであった藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」の歌碑がありました。
 
♪ どう咲きゃいいのさ この私 ♪
 
♪ 夢は夜ひらく ♪

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