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2008年10月30日 (木)

近世の名刹?狭山不動尊

 山口観音の北側に狭山不動尊があったが、記憶にない寺である。思いだしてみるとこの地にはかつてユネスコ村があり、その一角に日本の古い建物?があったような気がします。

ユネスコ村は子供たちにとって楽しい夢のような場所でした。世界各地の郷土色豊かな建物のミニチュアが建っていました。ミニチュアといっても中に入れたように思います。中でもオランダの風車の建物が印象に残っている。自分たちが住んでいる住宅と比べてみて、こんな明るい住宅に住めたらと夢に描いたものだった。それも時代の流れで90年に閉園され、その後ユネスコ村大恐竜探検館、ユネスコ村自然観察園「ゆり園」として営業されたが、いまはゆり園だけが営業されています。

記憶にないのも当然で、西武鉄道の堤康次郎によって75年に開山されたそうです(康次郎は64年死去、後継者は義明)。天台宗別格本山狭山山不動寺が正式名称で、本堂は京都本願寺から移築されたそうです。そのほかこの場所にあるものはみんな他の場所から集めたものです。Photo Photo_2 Photo_3 Photo_4 Photo_5 Photo_6 Photo_8 Photo_9 Photo_10 Photo_11 Photo_14 Photo_15

48年 弁天堂を近江清涼寺から移築

不明 総門 長州藩江戸屋敷門を移築

53年 羅漢堂 麻布の井上馨邸より移築

54年 羅漢堂山門 虎ノ門田中平八郎邸の門を移築

56年 鐘楼 山城高田寺鐘楼(奈良県興福寺より移築 )を移築

57年 徳川霊廟の唐金灯篭(青銅製)を移築

60年 第一多宝塔 摂津永福寺(畑山神社)多宝塔を移築

   勅額門、丁子門、御成門を増上寺より移築

   増上寺の灯篭など1000基がユネスコ村や周辺寺院に移築

63年 現大黒堂 大和極楽寺歌塚堂(柿本人麻呂ゆかりの堂)移築

64年 第二多宝塔 播磨掎鹿寺多宝塔を移築

75年 本堂 京都本願寺から移築し開山

それぞれが由緒あるもので、県指定重要文化財や国指定重要文化財に指定されているものもあります。これらが一同に集まり見ることができるのですから博物館みたいです。さすが、西武王国を作った堤氏の人脈と金力です。今回見てこなかったのですが、第二多宝塔の横に康信寺があります。かつては孔子廟と呼ばれていたのですが、康次郎氏の戒名「清浄院釈康信」から名付けたという説があります。

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